5日前




「あと5日か…」

窓の外に目をやり、じりじりとグラウンドに濃い影を焼き付ける日射しを眺めながら幸村がそう声に出すと、後頭部にいい音を立ててノートが飛んできた。

「なにをする佐助!普通に痛いぞ!」

放課後の教室には二人の他には誰もいない。後ろの席で、椅子の背に体重をかけて座りながら求人広告を広げている男に文句を言うと、 相手はへっ、と馬鹿にしたような笑いを見せる。

「ちゃっちゃとやりなって。あんたがテスト範囲の英語教えてくれって言うからつきあってんでしょうが。俺今日バイトないから、早く帰れるのにわざわざさぁ」
「仕方ないだろう。英語だけはどうしても苦手だ」
「そりゃ知ってるよ。だったら丸暗記しちゃえばいいって言ってるのに、それもヤダって言うし」
「納得できないやり方は好かん」

あーあ、俺も自分の勉強すっかなぁ、と呆れた口調で言いながら広告を畳むと、佐助は自分の鞄から生物の教科書を取り出す。

「おい、ちょっと待て。こっちの英語を教えてからにしろ佐助、なぁ」
「俺もテストくらいちゃんとやっとかないとヤバいんだよ、そろそろ進路調査来てるし」

まだ2年なのにか?と驚いた声を出す幸村に、佐助はシャープペンをくるくると指の間で回しながらそんなもんだよ、と頷く。

「あんたまだ1年だからいいけどさ、2年になると進路希望とかあっという間よ?いまのうちに考えといたほうがいいんじゃないの」

まぁあんたは実家の道場継ぐとか、いろいろ事情あるだろうけど、と言いながら教科書に目を落とす。 もう一言くらい何か返ってくるかと思ったが、前の席の幸村はそれきり黙り込んでしまった。 そうなると逆に気になるもので、教科書の文字を追う目線が上滑りして行く。

「なんだよ旦那、どうした?」

不自然な沈黙に耐えかね、ほおづえを付きながらそう聞くと、相手がくるりと振り返る。

「おまえは先に卒業するんだな」
「そりゃそうでしょ。いっこ上なんだし、そうじゃなきゃヤバいって」
「お前が卒業したら、誰が限定15個の購買プリンを買ってきてくれるんだ?」

あのねぇ、と佐助が溜息をついた時、窓の外から2人の名前を呼ぶ声が聞こえた。 身を乗り出して校庭を見下ろすと、ひまわりが咲き始めた真下の花壇の側に政宗と元親が立っている。

いつまでやってんだお前ら、と元親が口の側に手をあてて叫ぶ。カゴに元親の鞄をいれた自転車に乗った政宗も、 いつまでやってても馬鹿は馬鹿だろ、とっとと来いよ、と言いながら笑う。

「あれー?今日って政宗さんのオゴリだよねぇ。俺たちも行って大丈夫なのぉ?」
「甘くみんなよ佐助、それくらい平気だっつうの」
「おやおや、ポーカーボロ負けした奴がでかい口叩くねぇ。幸村より弱いやつ俺初めてみたわ」
「てめぇ…いつまでもしつこいんだよ元親!」

政宗は自転車を倒し、逃げる元親を追って走る。こいつの気が変わらないうちに早くデニーズ来いよ!と言いながら元親は倒された自転車に乗ると、 追いついた政宗に頭を叩かれながら彼を自転車の後ろに乗せ、校庭を後にした。 あいつら勉強はいいのか?と言いたげに眉を顰めている幸村に、佐助は笑って肩をすくめる。

「だってさ、旦那どうする?」
「ああ、せっかくだから行くか…。勉強する気もそがれたしな」
「まぁ基礎は出来てるみたいだから、後はひとりでやりなよ。あんたはやる気になりゃ出来るんだから」

幸村は2秒ほど佐助の顔を見てから、当たり前だ、と妙な自信を込めた声で答える。そして、悪い点を取っては武田先生に会わせる顔がないしな、と付け足し、先ほどまであれほど格闘していた教科書とノートをあっさり鞄へ放り込んで先に席を立つ。 窓を閉めて電気を消し、佐助が後ろからゆっくりついていくと教室の入り口で幸村が振り返った。

「明日は英語と数学、両方やるぞ」
「はぁあ!?俺の勉強はどうなんのさ!」
「大丈夫だ、おまえもやればできる」
「いやいや、その時間がねーって話でしょ、っておい!聞けっての」

鞄を肩にかけつつ佐助は声を荒げ、ようやく暮れかけてきた生ぬるい空気の漂う廊下を、透明な緋色に染まった幸村の背に向けて走った。








「5日前」に書いた物。映画のときかけの影響で初っぱながコレって。

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