調光
「ご職業は」
バーテンに聞かれた男は白い髭を撫でると、グラスをテーブルへ置いた。
木目のカウンターは良く磨かれて高貴な艶を放っている。
「郵便配達人と殺し屋。どちらだと思う?」
「どちらでもないわ」
聞こえた声に男が隣へ目を向けると、いままで空いていたスツールに女が腰掛けていた。
赤い髪が肩まで伸びた女。紅のワンピースからは白い肩が覗く。
置き忘れられた人形のように唐突な存在。
「何故そう思う」
女はグラスを空ける。機械的な白い指。
「あなたは誰かに届けるような物を何も持っていないし、殺すのは報酬の為じゃないから」
そうでしょう?ブラックバーンさん。
尊称に侮蔑を込めた口調。
男はバーテンを呼ぶ。
「ギムレットはお好きかな」
「ええ」
「彼女に一つ頼む」
頷いたバーテンが手際よくグラスを選ぶ。
単調なジャズにシェイカーの音が重なる。
薄暗い店内には客が少ない。
「見ない顔だが」
女は黙って人差し指を上に向ける。
「今日あっちから着いたの。まぁ地上の空気を吸うのも悪くないわ。貴方達の煙草と同じね」
「魅力的な表現だな」
女は肘を付いて男を見る。口角を上げる。
笑顔の表現にしては冷酷な唇。
「私、あなたのお弟子さんに届け物をしに来たの」
「そうか」
「興味がないの?」
「特別に意外でもない」
「あなたを殺せる道具だと言っても?」
男は肩を少し上げただけだった。
女は眉を寄せると吐き捨てる。
「つまらない人」
バーテンが女の前にグラスを置く。
女はそれには口をつけずに男を見ている。その瞳も茶の混じった赤だ。
「ここに来たのも仕事のうちか?」
「そうよ。まったく、上司の都合であっちこっちに飛ばされる身にもなってほしいわ。権天使は融通が利かないのばっか」
女はグラスをひったくるように掴み、一息で空ける。
「ここにはマリアが来るはずだったんだけど、彼女は急ぎの仕事が入ったのよ」
「その彼女はどうしてる」
「さあ?今ごろ南の島にでも行ってるんじゃないの」
女は腕を伸ばして伸びをする。
「ここに来て酔おうとしない貴方の神経を疑うわ」
外ではなま暖かい雨が降り出した。
寒さを感じさせない店内では紫煙が幕を下ろす。
「あなたは楽しそうでいいわね」
「そう見えるか」
男は大げさに両腕を広げた。芝居がかった仕草が男の真意だ。
女はことさらつまらなそうな顔をしてグラスをつつく。
「見えないわよ。あなたは可愛げがないから、神から愛されないの」
その答えに、男は声を出して笑った。
バーテンがちらりと視線を向ける。
「なるほど。それでウチの坊やは溺愛されているわけだ」
「やんちゃな子ほど可愛いって言うしね。で、あなたのショーは終わるってわけ」
「カーテンコールを任せられるようになっていればいいが」
わざとらしく首を振る。
「あいつは覚えが悪い」
数人いた客は既に姿を消している。店の明かりも消える。
もう行くわ、と女は男に向き直る。
女の顔は整っているが愛想がない。白い肌だけが艶めかしい。
自然よりも自然なつくりもの。
「なにか伝言は?彼に伝えてあげるわよ」
「そうだな」
男は残っていた杯を空ける。
「私が届ける物などないんだろう?」
「そうだったわね」
女は笑った。
それはたぶん笑顔だったが、天使の笑顔は人とはだいぶ違うものだった。
男に呼ばれたバーテンは隣の席を見る。
「こちらの女性はどうされました?」
「仕事だそうだ」
彼女の姿はすでにない。
代わりに、スツールの上には並んだグラスに見合うだけの硬貨が残されている。
「律儀だな・・・」
男はその一枚を手に取った。
指で弾き、小さな銀を手の甲で受ける。始まりと終わりが裏表に彫られたコイン。
雨は小雨になり、重い空気だけが垂れ込める。
何かがいつもとは違ったが、それすらも日常になっている街では誰も気が付かなかった。
「どちらだと思う?」
月の明かりを隠すように灰色の雲が揺れ動く。
誰かが舞台に立った。
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蛇足(反転)
誰に見せるわけでもない茶番劇を打つ女とジーさんが書きたか…った…。
ダンの銃・魔銃篇ということでゲストはミ・フェラリオ(大天使)でお送りいたしました。
だから石坂園で一瞬しか出てこない天使なんか覚えてないから!!キュートだけど。白髪はただの狂言回しです。神様には嫌われてなんぼ。
天使と魔銃の話、というネタを下さったゆあささんに感謝します。