killer7
調光


「ご職業は」
バーテンに聞かれた男は白い髭を撫でると、グラスをテーブルへ置いた。
木目のカウンターは良く磨かれて高貴な艶を放っている。

「郵便配達人と殺し屋。どちらだと思う?」

「どちらでもないわ」

聞こえた声に男が隣へ目を向けると、いままで空いていたスツールに女が腰掛けていた。
赤い髪が肩まで伸びた女。紅のワンピースからは白い肩が覗く。
置き忘れられた人形のように唐突な存在。
「何故そう思う」
女はグラスを空ける。機械的な白い指。
「あなたは誰かに届けるような物を何も持っていないし、殺すのは報酬の為じゃないから」

そうでしょう?ブラックバーンさん。

尊称に侮蔑を込めた口調。
男はバーテンを呼ぶ。
「ギムレットはお好きかな」
「ええ」
「彼女に一つ頼む」
頷いたバーテンが手際よくグラスを選ぶ。
単調なジャズにシェイカーの音が重なる。
薄暗い店内には客が少ない。

「見ない顔だが」
女は黙って人差し指を上に向ける。
「今日あっちから着いたの。まぁ地上の空気を吸うのも悪くないわ。貴方達の煙草と同じね」
「魅力的な表現だな」
女は肘を付いて男を見る。口角を上げる。
笑顔の表現にしては冷酷な唇。
「私、あなたのお弟子さんに届け物をしに来たの」
「そうか」
「興味がないの?」
「特別に意外でもない」
「あなたを殺せる道具だと言っても?」
男は肩を少し上げただけだった。
女は眉を寄せると吐き捨てる。
「つまらない人」

バーテンが女の前にグラスを置く。
女はそれには口をつけずに男を見ている。その瞳も茶の混じった赤だ。

「ここに来たのも仕事のうちか?」
「そうよ。まったく、上司の都合であっちこっちに飛ばされる身にもなってほしいわ。権天使は融通が利かないのばっか」
女はグラスをひったくるように掴み、一息で空ける。
「ここにはマリアが来るはずだったんだけど、彼女は急ぎの仕事が入ったのよ」
「その彼女はどうしてる」
「さあ?今ごろ南の島にでも行ってるんじゃないの」
女は腕を伸ばして伸びをする。
「ここに来て酔おうとしない貴方の神経を疑うわ」

外ではなま暖かい雨が降り出した。
寒さを感じさせない店内では紫煙が幕を下ろす。

「あなたは楽しそうでいいわね」
「そう見えるか」
男は大げさに両腕を広げた。芝居がかった仕草が男の真意だ。
女はことさらつまらなそうな顔をしてグラスをつつく。
「見えないわよ。あなたは可愛げがないから、神から愛されないの」
その答えに、男は声を出して笑った。
バーテンがちらりと視線を向ける。
「なるほど。それでウチの坊やは溺愛されているわけだ」
「やんちゃな子ほど可愛いって言うしね。で、あなたのショーは終わるってわけ」
「カーテンコールを任せられるようになっていればいいが」
わざとらしく首を振る。
「あいつは覚えが悪い」

数人いた客は既に姿を消している。店の明かりも消える。
もう行くわ、と女は男に向き直る。
女の顔は整っているが愛想がない。白い肌だけが艶めかしい。
自然よりも自然なつくりもの。

「なにか伝言は?彼に伝えてあげるわよ」
「そうだな」
男は残っていた杯を空ける。
「私が届ける物などないんだろう?」
「そうだったわね」
女は笑った。
それはたぶん笑顔だったが、天使の笑顔は人とはだいぶ違うものだった。

男に呼ばれたバーテンは隣の席を見る。
「こちらの女性はどうされました?」
「仕事だそうだ」
彼女の姿はすでにない。
代わりに、スツールの上には並んだグラスに見合うだけの硬貨が残されている。

「律儀だな・・・」

男はその一枚を手に取った。
指で弾き、小さな銀を手の甲で受ける。始まりと終わりが裏表に彫られたコイン。

雨は小雨になり、重い空気だけが垂れ込める。
何かがいつもとは違ったが、それすらも日常になっている街では誰も気が付かなかった。

「どちらだと思う?」

月の明かりを隠すように灰色の雲が揺れ動く。

誰かが舞台に立った。





************************
蛇足(反転)
誰に見せるわけでもない茶番劇を打つ女とジーさんが書きたか…った…。
ダンの銃・魔銃篇ということでゲストはミ・フェラリオ(大天使)でお送りいたしました。
だから石坂園で一瞬しか出てこない天使なんか覚えてないから!!キュートだけど。白髪はただの狂言回しです。神様には嫌われてなんぼ。
天使と魔銃の話、というネタを下さったゆあささんに感謝します。

ghmトップへ

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送