killer7
雨食


ひとり。

ふたり。

路地の奥にもうひとり。

音の響きだけで相手の位置がわかるようになったのはだいぶ前だ。
行動様式だけはトレースしたように同じだが、それは複製画のように薄く荒い出来。

弾数を頭の中で確認し、路地から一歩踏み出す。
狙いもせずに撃ってくる相手の弾など当たらない。二度、正確に引き金を引く。

重く湿ったような倒れる音を聞きながら、壁の側までゆっくり歩く。
相手の男はダンの姿を認めると銃を向けた。逃げ出さないだけの度胸はあるようだが、それはダンには関係のないことだ。
相手の指が引き金を引く前に、その眉間に暗い穴が空く。

もうひとつ湿った音が加わり、その後は静寂。

カラスがゴミ箱からひとつめの死体に撥ねながら移動する。
不吉な鳥に食事の用意をしてやったことに満足してリボルバーを収めると、路地の先へ歩いた。

壁にもたれるようにして立っていた人物は、上を向いて煙草の煙を吐き出している。
髭を蓄えた白いスーツ姿はどこにでも馴染むしどこにも馴染まない。
今も地上と太陽の狭間でくっきりと輪郭が浮かび上がっている。
そのくせ、色だけはいつも曖昧だ。
男の存在は自らの複製を拒んでいる。
形だけの笑みを唇に乗せてカーティスは立ち止まったダンに近づく。

「今日は、上手くできたかな?」

「あんたよりはな」

白い男は喉の奥で笑うと、煙草を落として踏み消す。
儚い炎が靴底で舞う。

不安という感情は何に由来するか知っているか。

前触れもなく左脇腹が熱くなった。遅れて銃声。
黒い鳥がばたばたと飛び立つ。
上体が落ちて、両膝がアスファルトにぶつかった。
男の顔が見下ろす。
脇腹が鮮烈に焼きつく。

これで何本目だと思う?
踏みつけた煙草を見ながら男は問う。

「お前は私を肺癌にする気かな」

「・・・・・・クソ野郎が」

痛みを伴う呼吸とともに身体に空いた穴から熱い液体が流れ落ちる。
急に重くなった頭を上げると、男は笑いの形を崩さずこちらを見ていた。
だが本当は見ていない。

カラスの残像。
暗い穴。

「撃たれたことはあるか?」

「何度も」

「それなら合格だ」

どこまでも平坦な鈍い痛みが響く。カラスが啼いている。

「その程度なら死にはしないさ・・・・・・今はまだ、そのときじゃない」

ダンの横に近づくと肩に手を置く。
顔を耳に近づけ、恐ろしく優しい声で囁く。

「無様に声を上げなかったのは偉いぞ。お前は期待を裏切らないな」

浅い呼吸を吐き出してダンは笑う。
カラスが飛ぶ瞬間は、いつだって決まっているものだ。

「俺が裾にすがって、連れていってくれとでも頼めば本望なのか?」

「望みならどこへでも連れて往くさ。お前が、私の理想を越えたときに」

脳裏でカラスが撥ねる。
飛ばないことさえも、最初から世界に標されているとしたら。

「老いぼれの最期は、いつだってひとりだろ?」

カーティスは肩を揺らして笑う。羽ばたきにも似た蠢き。
ダンの肩を二度、軽く叩く。

「必ず来るさ。お前は賢いからな」

男は屈めていた体を起こすと、綺麗に磨かれたつま先をダンの脇腹にめり込ませた。 灰色の道に崩れるダンに向けた男の目は、相変わらず宙を見ている。
薄い色の瞳は二重写しのように、生きている鳥の上に死んだ鳥の映像を写す。本物なんかどこにもいない。

白くまばゆい空のかなた上方。
黒い鳥が『何か』を銜えて飛んでいく。
くちばしの先から赤い雨が二滴、ダンの近くに落ちた。

赤に浸食されたアスファルト。
深くその色は街を侵し、明日を根底から一色に染める。
白昼夢なんかうんざりだ。

「お前は、誰よりも高く飛べる素質を持っている。太陽に近づくほど彼方にいる、その姿を見せてくれ。 それこそが、私の求めるものだ」

「てめえの理想論なんか、退屈なだけなんだよ・・・」

「必要なものなどここには存在しない。だからこそ、すべては思いのままだ。そうは思わないか?」

一秒前に何を見ていたのかも忘れた。
欲しかった景色は色褪せた。
この男はいったい誰だ。

理由はとうに腐り果てた。

そうだ。

「・・・間違っても、後悔するなよ」

白い鳥は鮮やかに笑う。飛ぶ。

「すると思うのか。この私が?」

来る気配のないそのときを待つ男の上に、薄っぺらい太陽は白く灼きついている。

何度目かの失望には味がなかった。
世界が無意味を排出するだけの機械なら。

そうだ。

それなら。


憎悪と悪意の様式をたずさえて。
飛ぶための羽だけ残した黒い鳥になるのも、悪くはないだろう。





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蛇足(反転)
カーティスはスパルタ教育…。でもこのあと無免許医師を紹介するんだろ…カーティス…!
馬鹿な二人が愛おしいという気持ちだけは過剰に配合されております。

もし「理想通りにならないこと」が理想なら、ダンこそ逸材。人生は本当に素晴らしい。

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