killer7
陰雨


離れの廊下は降り続く雨の湿気で歪んで見えた。
頼まれて運ぶ途中の菓子に気を配りながら、ふと庭に目を向ける。
赤い欄干の橋がかかる大仰な庭。
デポールはそういったわざとらしい形式が嫌いではない。

その橋を渡って、女が歩いてくる。
傘を差しているのは持っていく菓子が濡れないためだろう。
もし彼女ひとりだったとしたら、きっと傘はささない。

「ありがとう」

目の前に立った女はそれだけ言うとデポールの手から菓子の乗った盆を受け取る。
機能美という言葉がハマる女。
無駄な考えも無駄な所作もしないことが、この女の美徳なのだろう。

「女だてらに、すごいね」
「なにが」
「その仕事」

女は眼鏡の奥の瞳でデポールのつま先から頭の先までを見上げる。
目を細め、口の端を曲げる。その表情も板に付いている。

「あなたは見習い?…見込みがなさそうだけど」
「言うね」
「私も好きでやってるわけじゃないわ」
「なにか理由があるとか?」

女は首を傾げて眼鏡を直す。その仕草の芝居っけは嫌いではない。

「これしかないからに決まってるでしょ?」
「じゃあオレと、どこか行こうか」

唐突な問いに女が目の前の男を見る。
短い間が流れるが、雨は降り続く。
女は冷淡を絵に描いたような微笑を浮かべる。

「生憎、恋人が待ってるの」
デポールは肩をすくめると笑う。
「フられるのは慣れてる」

女は無表情な瞳でデポールを見つめ返すと、雨の中を帰っていく。

白く光る銃を恋人と呼ぶ女は綺麗だ。
裏通りに貼られたポスターみたいに消費されていくだけの美。
でも、それの何が悪い?



厨房に帰ると思った通りの惨状が広がっていて、デポールは笑いが止まらなかった。
ああだから、この仕事は辞められない。
かろうじて料理長だとわかる化け物がこちらに近づいてくる。
デポールは馴染んだ銃を片手で弄びながら彼の前に立った。

「なぁあんた・・・オレの作るものが形だけの代物だといっただろ? 気持ちがない料理は、見た目が整っていても醜いだけだってさ」

表情のない笑い。変容した体型の中ででっぱった腹だけはそのままだ。
笑わずにいられるか。これが。

「今のあんたは、最高に醜いよ・・・」

銃声と裂くような笑いで満たされる小さな箱。
赤に染まっていくフローリングを眺めながら、デポールは作りかけの料理をつまむと口へ運ぶ。 褐色のソースが付いた指を舐めながら、足下の料理長だったモノを爪先で転がす。

「よく、こんなもん出せるな?」

感情を表すなんて、そのほうがよほどグロテスクだ。
そんな醜いモノになってしまう自分を理解していないのは哀れだ。
何も感じない術を得ている自分が、汚れることなどあるわけがない。

ずっとあの頃のままだ。

きっとあの女も、熔けない氷みたいに、いつまでも冷たくて純粋な形をしている。自分たちは最初から正しい。
そして間違うことなどない。

先刻からうるさい程の雨の音が何故か聞こえない。
妙に静まった空間が寒い。

煙る雨の離れ。遠ざかる無粋な傘をさす女。

調理台に腰をかけると、デポールはひとり笑う。
あれが、きっと、最後のチャンスだった。
靴の先から赤い滴が床に落ちる。

もう、どこにも行けない。
あるいは、どこに行っても一緒だろう。
それとも、この道が間違っていたとでも?
そんなはずがあるか?
だが。もうすぐ。何かが来てしまう。

感じないことと解ってしまうことは別だ。
唐突に、別の世界への扉は開かれる。轟音と共に。

「ここでなにをしている」

デポールは怯えた表情を造りながら、やはり笑いを堪えられない。
神がいるなら、そいつは人の感情を覗くのを娯楽にしているのだろう。
それにしても、ずいぶんと粋な演出をするものだ。
数年ぶりに指が震える。いつか見たテレビの歓声が聞こえる。

そうだ。やはり自分は間違っていなかった。
あの女も言っていたじゃないか。これしかないと。
振り返ることの無かったこの道は、やはり正しかったのだ。

こうして、憧れた存在と、ちゃんと向き合えたじゃないか。

デポールはまるで悪魔の如き正義の味方に向き直ると、銃口を向けた。

「こないでくれ」

いま、子どもの頃の自分に会えるなら言ってやれる。
おまえの憧れは無駄じゃなかった。
おまえの道は間違いじゃなかったと。



扉が閉まる音を聞くのは、もうすぐだ。





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蛇足(反転)
彼らは間違ってたわけじゃない。適当に生きられなかっただけ。いや、頑張って適当というか。 何も感じない、というのはそれだけ繊細だったって事だと勝手に解釈してますが。夢見すぎ? 必死にペラいあんたが好きよデポール。

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