killer7




若暴君20代。その生活の一片。視点と相手は創作人物。

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階段室



逃げ込んだビルの階段室には、湿気が層をなして居座っていた。
とりあえず段の端に座って一息つくと、ポケットに突っ込んであった瓶を取り出して口に運ぶ。 必要もないのに十分に冷えたままの液体を流し込んで、俺は外の様子をうかがった。
まともな商売をしていないのだからこんなことは日常だが、今日はいつもとは違う予感がする。 いい方か悪い方かはわからないが、悪い方なら過去に経験があった。
もっとも、同類達の中でさえ評判の最悪だった男と初めて会った日よりも、今日の方が冷え込んでいる。

最後に会った日、俺の言葉を聞いたダンは実に快活に笑っていた。その反応にいささか唖然としながらも、心底楽しそうな様子に俺もつられて力のない笑みを浮かべる。

彼は時々、酒場で会う俺に目だけでホテルを取らせた。 ランクは出来る範囲で上を。それがどうしても無理だった場合は俺の骨董品のような部屋でも文句は言わない。 彼の嗜好は俺には難解だった。
だがそうなると俺はほとんどベッドで寝られないことになって、次の日は冴えない顔を同僚に見せることになる。

根本的な問題は、俺がその店に通うのを止めなかったことだ。

均整のとれた体なんて生易しいものじゃない。
あれは劇薬だ。
吐く息ひとつで俺の何かが目覚めてまた死ぬのが他人事のように見えている。
生と死を一瞬で何千回も繰り返す夜。
俺は彼の中で死に、また必死で息を吹き返す。



古びた木の匂いが鼻をつく雨の多い季節だ。
いつもの店にいても彼はやってこない。
店を出た俺の目の先に、交差点を歩くダンと女が見えた。
女は初めて苦い薬を飲む子供みたいな顔をして、男に寄り添っている。
彼はあろうことか女の腰に腕までまわして隣に立っている。
人質と強盗と言った方が合っているような絵だと思っていると、彼は女の腰を引いた。驚いて彼の顔を見上げた女に、ダンはあの笑みで囁いた。 その言葉が耳に届くと、女は急に俯き、さらに男に身を預ける。
信号が青に変わる。ふたりの姿は車のライトの洪水にさらわれる。

あの女はどうだった?と聞くと、どの?と返ってきたので、日時と場所を正確に教えてやる。 彼は昨夜コカインをやりすぎたのか鎮痛剤を噛んでベッドの上に転がっているが、椅子に腰掛けている俺に顔だけ向けて答える。

「あれは女じゃない」
「じゃあ男?」
「財布」

俺は?などと聞くほど俺は馬鹿ではないが、その答えには意外性が無くてむしろ笑えた。
彼はいつでも世界という己の内側を見ている。
そこに他者が入り込む余地はない。
この男のおかげで人生を右往左往することになる男女のなんと多いことか。 もちろんこのときの俺は、自分のことは考えないようにしていた。



例え拘束されていても彼は簡単に他人を動かすことが出来た。
その鼓動と呼吸が健在ならば、俺は彼の意図通りになるしかない。
俺の下で自由にならない腕を揺らして正体もなく暴れていても、彼の優位は変わらない。
死にかけた子供の悲鳴よりも、この男の声は神経に堪える。
思わず、さらけ出された喉に掌が伸びた。
そのまま指に力をかけると、彼は吐く息で笑う。
俺の真っ直ぐな反応がお気に召したらしい。

薬で浮きあがりそうになりながら、血液は沸騰しそうに熱い。
汗の浮いた額の下に見える瞳の黒が、音を立てて俺の神経を焼く。
ぼんやりとして首から手を離した途端、指を噛まれた。理性の飛んだ声をあげ続けている癖に、歯形がつくほどの力を出せるのが彼らしい。
その挑発に誘導されて、俺は手の甲で彼の頬を打った。
鈍い音を立てて整った横顔に指の関節が当たり、口の端が切れる。
彼は荒い息の合間に唇に滲んだ血を舌に乗せ、それとわかる程度に左の口角を上げる。

遠くで犬が吠えるのを聞くともなく聞いている。
触れれば相応の響きを返す有機物。
精神が狂っているとしても正常な反応は出来るのだ。
肉体は精神を映すというが、それならば表面に見えない内側に、その形が写し取られているという可能性は?
この体の中を見てみたい。手に触れたい。
そうすれば俺は、やはり彼らしいと安心するだろうか。
俺は混乱しているらしい。
突き落とされたように高揚が終わって、目の前がぐらぐらと揺れる。
見下ろされるのも慣れた様子で反らされた喉に、呆然として目眩を感じる。



金ならまだ十分にあったが、彼はどこかに行くらしい。
行き先はシアトルという噂だ。
餞別に彼の愛銃の標的になってやろうかと言うと、彼はいままで見たことのない顔で笑った。
彼がどこに行くとしても、俺はその影を見失うことはない。
地下鉄の駅の最奥にある闇、街灯の光の輪のすぐ横、古びた灰色をした壁のひび割れ。
その中に俺は黒い影を見る。
だが今日の顔だけは、過日のどれにも当て嵌まらない。

はじめて見た日の印象そのままに、彼は獰猛な闇の姿をしている。
彼に会って、俺は初めて世界の暗さを思い知った。
そこで俺に生じたのは、恐れと言うにはあまりに恍惚をともなう何か。

「いるものがあれば、言ってくれ」

男は無言で、俺の肩に手を置くと顔を近づけて囁く。
愛している、と言ったように聞こえた。
俺が顔を引いて男を見ると、彼はネクタイの結び目に指をかけている。
その意味の無い笑いは彼そのものだ。

「知らなかったか?」

わざとらしく驚いたような口調で眉をあげると、自分の上着を床へ落とす。

「・・・酔ってる可能性も低そうだな」
「あんたは酔いっぱなしだろ?」

彼は呆れた顔をして、困惑している俺の上着を剥いで窓際に放る。
遠くで響くサイレンの音がやたらと煩い。

愛している、と。彼はもう一度繰り返して俺の唇を塞ぐ。
舌に残るビールの味を確かめながら俺はベッドへ押し倒される。

「・・・誰をだって?」
「ひとり残らず、お前たちを」

どんな顔をしてそういうことを言うのか。俺には理解できない。
お前たち?と俺が繰り返すと、彼はテーブルから取ったグラスの中身を、そっくり俺の頭上に零した。 高いシャツなんだ、と文句をたれながら濡れた服を脱ぎ捨てる俺を、形だけで笑いながら男が見下ろしている。



あの男の魂の形をこの手で確かめたいという欲求は、とうとう果たされなかった。
しかし、と俺は点滅する蛍光灯の下で空瓶を掴んだまま思う。
もしそれが可能だとして、俺は彼にもう一度会いたいだろうか。
全ての人間を愛していると、まるで神のように笑う男に。俺は会いたいか?

冷凍庫の方がまだマシだと思えるような寒気が、俺の手を震わせる。
二度と会えなくて正解だ。
彼に関わっておきながら生き残れた自分は、その理由を知らない。
これは感謝すべきことなのか?一体誰に。神という気まぐれな存在にか?

結局のところ俺は、あの男が引き連れた暗く熱い暗闇に取り憑かれたままだ。

犬が悲愴に吠えたてる。俺を追ってきた男達に抗議しているのだろう。
俺は立ち上がると、手に触れた壁のひび割れをなぞった。
過ぎた時間がそこに堆積していたが、それはもうカラカラに干涸らびている。

彼がいなくなってから、俺は一度も死んでいない。
焼きつく太陽と地の底を往復する夜はもう来ない。

俺はネクタイを締め直すと寒い階段室を出て、白々しく明るい夜の道路に向けて走り出した。







蛇足
若ダンに愛していると言わせ隊。そんなところです。表現はこれくらいが精一杯!
妄想垂れ流しですが暴君26歳くらいの雰囲気で。ああいうことになる前なので今より余裕があってまともです。これでも。 というか、オフィシャルでこの人はビッチですよね?(さらりと)。 私的イメージではSでもあるしMでもあるような。自分を周りと違う人間だと思っているので、一般的な基準がないという。

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