killer7
光陰


クリストファー・ミルズは自分を呪い殺したいほど後悔した。

いつもは通らない角を曲がった裏道。
表通りがどうしたわけかずいぶんと混雑していたので、古い記憶を頼りに車をまわした。
その先で。
出会いたくない人物ランキングの第1位を、30年前から不動にしている男と鉢合わせた。

やっと月が出番を失い始めた明け方。
濃紺の空にうっすらと白い帯が浮かび始めた時刻。

車一台がやっと通り抜けられる程度の狭い路地に、逃げ場はない。
当然目の前から歩いてきた人物は車の前方で立ち止まる。
男は車の横へ歩いてくると窓を二度、指の関節で叩いた。

どうしてそれだけでこちらの心臓をすくませられるのだ。この男は。

自主的に(実際は強制と同義だが)窓を少し開く。

「よお、元気か?飼い犬」
「寄るな狂犬。俺に構わないでくれ」

連れねぇな、と男は嫌な笑顔を浮かべて首を少し傾ける。
窓を開けた途端になにかが焦げたような匂いが鼻をついた。
どこかで火事でも起きているのだろうか。

「ここで会うのは久しぶりだなぁ?覚えてるか」

男は窓の隙間から車内を覗くように身を屈める。
緩く締められた暗色のネクタイ。
白いシャツの隙間に見える喉元の皮膚。鎖骨が隆起する肌の上に。
赤い痕が。

まるで。

まるで?

「・・・・・いま思い出した」
それがこの道を通るのが久しぶりだった理由だ。
「お前の間抜け面は最高だったぜ。写真撮っとくんだった」
低く笑う。血色の痕が震える。

30年も前。この道の先。安いホテルの前で。
この男は確かにこうやって笑っていた。
傍らには男や女が。常に相手が違うのは規則のように忠実な。

「報告することには困らなかっただろ?感謝しろよ・・・」

まだ表通りが狭い路地だった頃。
ミルズが必ずここを通ると知っていて。
通り過ぎる瞬間にこちらを振り返る。見えないはずの口元が軽蔑に歪んでいるのが見える。
バックミラーの中で小さくなっていく男の顔は。

「クソ、完全に思い出した。・・・最悪だ」
は、とダンが鼻を鳴らす。
「安心しろよ。てぇめとなんざ太陽が落ちてきてもご免だからなぁ」

乾いた声をたてて笑う。なにが面白いのか全くわからない。
イライラとハンドルを握り直す。この場から去ってしまえればいいが、それが出来れば苦労はしない。 ミルズは煙草を一本抜くが、こんなときはライターすら見つからない。

膝に小さな金属が落ちてきて、ミルズは顔を上げた。
天使の描かれたライター。

「・・・いらねぇよ。どうせロクなもんじゃねぇだろ」
「そうか?モノはいいぜ?それを持ってた女も、今ごろは天使とよろしくヤってるハズだ」
「殺したのか」
男は唾を吐いて眉を上げる。

「あたしのものにならない?だとよ・・・冗談だろ?」

喉元を触る。赤の上に指が這う。
どこかの女がこの世で最期に残した証。
場違いな表現だと知らなかった哀れな女。
だがこの男のイかれた笑みを見ずに済んだことは、神に感謝するべきだ。
おかげで自分は神に会ったら悪態しかつけない。

男は体を起こすと顎で通りを指す。
「あっちの道は混雑してるだろ?」
「・・・ああ」
「近くのホテルが燃えてるからな」

ミルズは膝に乗ったままの小さな金属を見る。急に足が重くなったようだ。

「最低の女だったが、最期だけはどっかで炭になった聖女くらいにはイかしてたぜ・・・。 俺が直々にってやったんだからな。派手に逝けて本望だったんじゃねぇか?」

ひらひらと手を振って、男は表通りへと抜けていく。
慌てて車から出ると、男の姿は既に見えない。
朽ちたはずの男。まるで始めから居なかったように。

いや、これが。
ミルズは座席に落ちた不吉な塊を見る。

「クソ・・・・・最悪だ」

車にもたれかかったミルズの足下に吸われなかった煙草が落ちる。
波紋が広がる水たまりには、遠くの炎がゆらめきながら映っている。

淡く明けていく空を背景に、ホテルは歪んだ光を発して燃えている。

バックミラー。路地。暗い夜明け。
まるであの日のような。
いやそうじゃない。
もっと確かな。

拒絶する感覚は、それをどこかで望む感情から生まれるとでもいうのか。

冗談じゃない。
捕食者が張る罠は、いつも赤い。
喉元。
燃え上がる情念の建物の中。

炎にまかれて踊る女を見る。

その男の顔は。





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蛇足(反転)
慣れないもん書いていっぱいいっぱいです。色気が!色気が足りない…! うちの暴君イメージはこんなんです、よ…。
徹底した自己愛で自己完結してます。自分しか愛してないので結局誰としても同じという。基本的にはエピキュリアン。 そのため相手と役には大変アバウトです。あっははは(笑っとけ)
遊ばれてるミルズには同情します。ヤツと関わった自分を呪うがいい。

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