For tomorrow

11話のすぐ後という設定です。初シリアス。




照明の消えた暗い廊下に自分の足音が響く。
仮眠のために休憩室へ向かっていたセンの足が、ふと止まった。 広い廊下の片側はガラス張りになっている。その前に備え付けられたソファーに、誰かが座っているのが見えた。
センは蓄光で淡く光っている廊下の時計を見上げた。
午前3時26分。
センとともに夜勤を担当しているその人物が休憩に入ってから、すでに1時間半近く経っている。

「ホージー、もしかしてずっとここにいた?」
声をかけると、驚いたようにこちらを振り向く。その目が赤いような気もしたが、暗い廊下ではよく分からない。光源は足下を照らす非常灯だけだ。
「いたのか」
「珍しいねぇ。足音にも気が付かないなんて」
「不覚だ」
制服の上着だけ脱いだTシャツ姿で、短く言う。目はすでに窓の方へ向いていたが、その瞳は別のものを見ているようだった。 センはそれに気が付かない振りをして彼に近づく。ホージーはいつも通りの事務的な口調でセンに話しかけた。
「さて、そろそろ交代だな。センちゃん、なにか引継事項はあるか」
「窓の外、なんか見えるの?」
「ん?いや、別になにも…って、なんで隣に座るんだ。仮眠とりに行くんだろう」
「あー、ここからだと夜景が綺麗じゃない」
「無視するなよ」
「この時間でも働いてる人はいるんだね、俺らみたいにさ」
発言を完全に無視されたホージーはむっとした表情をしながらも、隣に座って動こうとしないセンにあきらめたように言葉を返す。
「そりゃそうだろう。誰かが寝ている時には、誰かが起きてるんだ」
センは頷いて場違いにならない程度の笑みを浮かべる。
「じゃ、ホージーが眠ってもいいわけじゃない。その間は、俺らが起きてるからさ」
ふっとホージーは息を吐く。その眉根が寄せられ、視線は床に落ちる。
「眠れないから起きてるんだ。まったく、我ながら情けないけどな。無理にでも寝ておくべきだと言うことはわかってる」
そして少しの間の後、気を遣わせてすまない、と決まり悪げに呟く。
センは首を振った。そんな言葉を言わせたかったわけではないのだ。
短い沈黙が降りた。

「それ、寝るときもしてるの」
センは唐突にホージーの手首を指さす。
思わずホージーは右手首を左手で握った。
あの事件から1ヶ月経っている。
もう一ヶ月か、まだ一ヶ月か。ホージーはどう思っているのだろうか。

「邪魔になるほどでもないし、無くす心配もないからな」
冷たい金属を指が白くなるほど握りしめているくせに、そんな冷静な口調は辛すぎる。
センは言うべき言葉を見つけられない。

「そっか…」
「なんでそんなこと聞くんだ」
言うべきか否か、センは少し迷った。しかし、結局はそれを口にする。
「ちょっと、重そうに見えたからかな」
ホージーの視線を感じたが、センはとぼけたような表情で窓の外を見ていた。そうしなければ間が保たなかった。 ホージーもつられたように窓に目を戻す。黒い瞳が夜景の光を映し、手首の金属と同じように鈍く光った。
その視線の先には、果たされなかった友人との約束を見ているのだろうか。

「大丈夫だ」
彼は気丈に、はっきりと答える。
当然だ。ここで弱音を吐く男ではない。そうした方が、早く楽になれると知っていても。
「そっか」
センはため息をつきたいのをこらえた。しっかりしろ。
ここで自分が落ち込んでもどうにもならない。
誰のせいでもない。そう思わなければやっていけない。
彼らは自分の仕事をした。それだけだ。
だがホージーの中では、相変わらず親友はかつての姿で現れ、今の彼を責めているのだろうか。

センは振り切るように立ち上がり、軽く手を振って歩き出す。
その背中をホージーが呼び止めた。
「センちゃん」
「ん?」
「眠くなったら、替わってもらえるか?」
自分の口元が緩むのを感じた。これくらいの頼まれごとで、我ながら単純だと思う。 それとも自分で感じていたより、センは自分が無力なことにショックを受けていたのだろうか。
センはなるべく普段と変わらない口調で答える。
「いつでもどうぞ。でも、シフト表は直しといてね」
「ああ、わかってる」
「あ、それと」
「なんだ?」

本当は、よけいなことは言いたくない。ホージーも、踏み込まれるのは嫌いなはずだ。

「やっぱり、寝るときくらいは外したほうがいいと思うよ。それ」

それでも言わずにいられなかったのは、新しく来た熱血刑事の影響もあるのかもしれない。
バンならあるいは、いまのホージーを鼓舞することも出来るかもしれなかった。だがそれは、根本的にセンと違う方法だ。
センは自分なりに彼を見てきたし、隣に並んできた。その自負もいくらかはある。

やっぱり、自分は悔しいのだろうか。

センの言葉に、ホージーは目を伏せて、ああ、と低く呟いただけだった。
いま自分がいくら慰めを言っても、彼の中に滞り続けるその重さを取り除くことは出来ないだろう。
だが、そうだとしても。
「…いつかね」
「なにか言ったか?」
「いんや、なんでもないよ」
怪訝そうな顔をするホージーに、センは戯けた表情で笑った。
いつか時が経てば、彼はきっとセンたちの方へ戻ってくる。
センだけではない。みんな、そう信じている。だから。

「じゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」

いまは、ゆっくり休んで欲しい。
そうしていつか彼の中に、新しい陽が上ったなら。
自分たちはそのときに、彼を迎えて笑顔で言えばいいのだ。

おはよう、と。







ホージーの話と見せかけてセンちゃんの話でした。お粗末様です。
たぶんあの後すごく落ち込んだと思われる彼を立ち直らせたのはバンのような気がするけど、センちゃんもそれなりに必死だったんじゃないかと…。 原作でもセンちゃんとホージーの話が見たかったな。


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